リオのブログ

音楽について書いてるつもり

自分にとってどうか

歌詞分析やバンドスコアの打ち込み、既存曲を聴くなどやり始めて2日目。

やること自体はまあいいんだけど、やるほどに自分には向いていないのかと不安になる。

 

ある人の歌詞分析をしていて、その人の歌詞の魅力についてネットで調べたりもした。

その人は自分のことを作家だと考えていて、歌詞を書くのも苦にならないみたいで。

 

それは、その人にとって「歌詞とはこういうもの」という考えがあるから、歌詞がかけるんだろう。

それが私にはない。

歌にとって歌詞はどういうもの(例えば、「飾り、主張、代弁、共感、教訓」)で、とか。

自分にとって歌詞はどういうもので、とか。

その前に、歌とはこういうもので、とか。

 

歌に対する私の位置付けは一応ある。

私にとって歌は「嗜好品」みたいなものだ。

歌を身近に感じている人、歌に共感したり支えられたりする人にとっての歌は「食事」みたいな感じなんじゃないか。

私にとっての歌は「嗜好品」「娯楽」「鑑賞品」みたいな、プラスアルファのものだ。

”共感される歌詞”が支持されるとはよく聞くけど、私自身の歌詞の好みは共感するかどうかで決めていない。

歌詞に共感して感動する時もあるけど。

そればかりが聴きたい訳でもない。

歌詞に関して、まだ答えは出ていない。

 

『ブルーピリオド』という漫画がある。

それを読んでいても、何かものを作る人はそれを好きになるキッカケがあるものなのかと考えたりした。

私はそうじゃない。

そんな人間でも、作詞作曲できるのか?

しても良いのか?

曲に対する自分の理想はあると思う。

”あると思う”というくらいに漠然としている。

それを突き詰めればいいのかな?

 

でも、どうしてもやりたいこと、という訳ではないのではないか。

だとすれば、何のために私は作詞作曲しているのか。

歌うため?

歌うためなら、歌いたい既存曲はたくさんある。

なぜ自分で作らなければならないのか?

自分をわかって欲しいという自己表現?

誰かを助けたい?

 

漠然とした”自分の理想の曲”というのが作れるのなら、好きになるキッカケや動機や信念がなくても問題ないのかな?

いや、信念はないと、作れないかもしれない。

作詞とはこういうものだ、という指針。

作詞作曲について、他人にとってどうかの前に、自分にとってどうかと考える必要がありそうだな。

 

 

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